A Confession of a ROCK DRUMMER

KenKenという太鼓叩きの独り言。

【好きなアルバムについて語る】Sticky Fingers - Yours To Keep

 

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2019年リリース、オーストラリアのロックバンドSticky Fingersの4thアルバム。

このSticky Fingersというバンド、Googleで検索しても出てくるのはThe Rolling Stonesの同名アルバムの事ばかりで、前作『Westway (The Glitter & The Slums)』(2016)がタワレコ限定か何かで日本盤が出てた、って事以外は日本に殆ど情報が入ってきていない(その日本盤も全くと言っていい程話題にならなかった)。本国オーストラリアではアリーナツアー回る位にはバカ売れしているという、ある意味国民的バンドであるにも関わらず、だ。…と思って色々調べてみたけど別にイギリス・アメリカ市場でも売れてる気配無さそう。本作及び過去作品のチャート情報もオーストラリアとニュージーランドのしかない。完全にローカル特化型のバンドって事らしい。

ちなみに漫画『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズにも同名のスタンドが登場するが、当然由来はストーンズの方で、作者の荒木飛呂彦氏がこのバンドの事を知っているのかどうかは不明。多分知らないと思うけど。いやでも意外と知ってんのかなぁ。

 

オーストラリアのロックシーンってのがどうなってるのか、っていうのは正直よく分からない。確かに過去にはAC/DCAir Supplyとか、最近だとJetとか5 Seconds Of Summerなどの世界レベルで活躍するバンドを輩出してはいるものの、この手のバンドはイギリスやアメリカのシーンに照準を合わせた音楽性なので、オージー感があるかどうかって聞かれると…「?」って感じ。ただこのSticky FingersやHiatus Kaiyote、Tame ImpalaとかMen At Work(コレだけ大分先輩だけど)などを聴いてみると、実験的であれポップであれ、ある種の楽観主義的というか享楽主義というか、なんかちょっとユル〜い感じが根底にあって、これが所謂オーストラリアらしさってヤツなんだろうな、というのは何となく感じる。確かにオーストラリア、いわゆる大都会ってよりは観光地ってイメージだもんな。アメリカみたく発展しまくった文明の坩堝ってよりかは大自然との共存みたいな感じだし。色んなモノが所狭しと押し詰まる大都会から生まれる音楽もあれば、周りに(良い意味で)何もない環境から生まれる音楽もあるし、それぞれ良さがあるけれども、後者の場合は時としてあまりにぶっ飛び過ぎていたりする事もしばしば。確かにTame Impalaはめちゃめちゃサイケ・ドリームポップだし、Hiatus Kaiyoteは変態モダンフリージャズみたいだし、このSticky Fingersもまた、デビュー初期はそういった享楽性を分かりやすく反映した、とにかくアイリーな、ハッパ臭い匂いで充満したサウンドであった。

 

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2008年にシドニーで結成されたSticky Fingers(通称STIFI=スティフィ)。ボサボサの髪にモサモサの口髭、ボロボロのジーンズにヨレヨレのアロハシャツ…みたいな、60年代フラワームーヴメント期のヒッピーのような見てくれで、レゲエ・ダブを前面に押し出し、ビール瓶片手にハッパを吸いながら、煙たい部屋で思い付きでジャムった結果出来たような音楽を引っ提げてシーンに現れた。そのどこか焦点の定まらないフワフワした空気感は、Tame Impalaとは違った意味でサイケデリック(テームは妄想癖のあるオタクって感じだけど、スティフィはガチなジャンキーって感じだった)だったし、同時にローカルなオージーロック特有のユルさに満ち溢れていた。

バンドは瞬く間にオーストラリア国内で人気を獲得する。ワールドワイドに響くスケール感など皆無の強烈な密室感を持った、誰の為にも歌われないようなその音楽は、オーストラリアのローカルファンの琴線にしっかりと触れ、熱狂的な指示を得た。しかしあの強烈にドープなサウンドで熱狂しちゃうオーストラリア人の国民性って一体。同時にヨーロッパ諸国においても彼らの存在は注目を集めたそうだが、当時のセールスなど詳細なデータが手に入らなかったので、どの程だったのかは分からない。当時ヨーロッパツアーも企画されたがキャンセルされたとか。この辺面倒臭いからソース全部ウィキペディア。反省はしていない。

1st『Caress Your Soul』(2013)ではシンプルなダブレゲエで纏められたサウンドだったが、そこから僅か1年半のブランクでリリースされた2nd『Land Of Pleasure』(2014)ではそのハッパ臭さにより磨きがかかり、ビールとガンジャだけでは満足出来ない、ドラッグなどにも手を出し始めたかの如く、より奔放で、よりハイで、より過激なサイケ感を孕んだサウンドへ進化。多分この人達、サウンドがそれっぽいだけじゃなくてリアルにジャンキーだったのかなぁ、って想像してしまう位の勢い。実際に3rd『Westway (The Glitter & The Slums)』を出したすぐ後の2016年末〜2018年春先までの間、バンドは活動休止に入っているのだが、その理由がディラン・フロスト(Vo.)のアルコール依存症治療と精神面のケアの為ってのが、正直うんやっぱりね、って感じだったけど。下積みもそこまで長かったワケじゃないし、デビュー以降かなりハイペースでリリースとツアーを繰り返してたので、ここらで心身共に一度限界が来てしまったというのは想像に難くない。元々ただでさえヘルシーとは程遠い生活スタイルしてりゃ、そりゃ酒量も増えるしハッパも欲しくなるし、ヘロインとかの誘惑にも負けちゃうよね。ロックスターなんてそんなもん。

 

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さてこの活動休止期間だけど、多くのバンドが活休と謳っておきながら水面下でめっちゃ曲作り溜めたりとか、メンバーがソロ活動したりとかはよくある話だけど、このままではかつてのヒッピーよろしく堕落して終わるだけだという危機感を抱いたスティフィは、この間敢えて本当に何もせず、表舞台から一切姿を消す事を選ぶ。その後2018年の3月に活動再開発表、復活シングル「Kick On」は4月リリース、そこからワールドツアーを経て、今作『Yours To Keep』のリリースは年明けて2019年の2月。休み明けでいきなりワールドツアーってちょっと張り切り過ぎじゃない?とは思ったけれど、それくらいリフレッシュ出来たって事なんだろうし、大掛かりな事をしつつも無理しない活動サイクルっていうのが多分この辺りで出来上がってきたんだろうな。

そんな心身共にデトックスされ、活動ペースもこれまでの多忙な活動からの反省を生かし、ノビノビとした環境を手に入れたスティフィ、本作『Yours To Keep』ではそういった環境の変化が反映された、これまでの彼等とはガラッと違う質感のサウンドを鳴らしている。

分かりやすく言うならばハッパの匂いは一切しない、クスリの影響など微塵も見せない、酒の匂いどころか空瓶すら見当たらない、「どシラフ」な音。目に浮かぶのは、ヴィーガンフードをつまみに紅茶やコーヒーを嗜み、大自然に身を任せるかのような情景。時に森林浴を、時に自ら雨に打たれ、時に満点の星空を見上げながら歌われたような、まるで「生命讃歌」のような壮大さ。パッと聴くと最近のIncubusにも通じる自然体感があるが、ルーツとなるレゲエ感も目立たないながらもちゃんと曲中で生きているし、全体的なこの空間演出力などはレゲエのそれに通じる部分も感じる事が出来るが、あくまで過度な装飾を抑えたオーガニックな優しい質感で纏められており、良い意味で癖もなく、入り込みやすいサウンドに仕上がっている。

 

ある種の「老成」をも感じさせる瞬間もあるが、ハッパやドラッグ、アルコールやその他メンタルヘルス的問題からのデトックスを果たすというのは、余程の精神力が無いと出来ない事である(『トレインスポッティング』とか、多くの映画でそういうシーンが描かれてきたけど)。今作での境地に辿り着く前に、彼等、特にディランは想像し難い辛い時間を過ごしてきたのだろう。多少枯れ過ぎた感はあるかもしれないが、オーストラリアの悪ガキ衆だったスティフィは、こうしてひとつ"大人"になった、という事なのだろう。もうクスリもハッパも要らないぜ、ビールとタバコは程々に欲しいけど、ヘルシーなヴィーガンフードと美味しい空気、愛すべき大自然と仲間達、これさえ有れば何も要らない、ただ普通に生きている事がこんなに幸せだなんて…とでも言わんばかりの立ち振舞いである。相変わらず酒ヤケした声だけど、幾分か哀愁を漂わせつつもノビノビと気持ち良さそうに歌うディランの歌声と、それを支えるバンドのナチュラルなサウンドに、そんな姿を想像せざるを得ないのである。

 

まぁでも、ここから先ずっとヘルシーなまま彼等がこういうスタイルで行くとも正直思えないところはあるけれども、そこも含めてバンドの今後が楽しみだなぁと、そう感じさせる1枚である。