A Confession of a ROCK DRUMMER

KenKenという太鼓叩きの独り言。

【好きなアルバムについて語る】Enter Shikari - Nothing is True & Everything is Possible

 

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2020年リリース、英国発"レイヴコア"バンド、Enter Shikariの通算6枚目のアルバム。

新型コロナウイルスの世界的流行の真っ只中である4月にリリースされた。当然ながらツアーなど出来るはずもなく、2020年10月現在、本作の収録曲は未だライブで演奏はされていない。

前作『The Spark』(2017)からおよそ2年半ぶり。2019年にリリースされたシングル「Stop The Clocks」は収録されていない。前作ではレトロフューチャーなデザインのコンピュータの様なマシンがアイコンとして使われていた(ステージで実際にシンセサイザーとして演奏に使われている)が、本作ではアイコンとしてジャケットにも採用されているミケランジェロ風(?)な石像が使われている。これどっかで見た事あんだけど何だっけ?思い出せそうで思い出せない。あぁ歯痒い…。

 

2000年代中盤以降のイギリスやアメリカのアンダーグラウンドでは、従来のスクリーモをよりヘヴィに、メタリックかつシャープに発展させた音楽が、ポスト・ハードコア或いはメタルコアという呼称で市民権を得つつあった。そこにレイヴまたはクラブミュージック由来のエレクトロサウンドを半ば強引にぶち込み、"レイヴコア"と名乗り、同ジャンルの英国での第一人者として2007年に1stアルバム『Take To The Skies』で鮮烈なデビューを飾ったのがEnter Shikariだった。ちなみにその翌年である2008年、大西洋を挟んでアメリカではAttack Attack!がクラブミュージックとメタルコアを融合し『Someday Came Suddenly』を引っ提げデビュー、同ジャンルの第一人者としてシーンを作っていく事になる。

 

Enter ShikariもAttack Attack!も、そのちょっと後に出てきたWoe, Is Meとかもそうだったけど、元はMySpaceなどに上げた音源が大衆或いは大手レーベルの目に止まってデビューしていったのだが、この経緯、色んな意味で時代を感じる。今思えば本当に一瞬だったけど「ホットなバンドを見つけたければMySpaceをディグれ」みたいな風潮があったのだ。今じゃ誰も見ちゃいないけどね。

彼等の登場によって、同じようにエレクトロサウンドと融合を果たしたメタルコアバンドが英米だけでなく様々な国から登場してシーンに大量に溢れかえり、その勢いのまま、手始めに当時ポップパンクや初期スクリーモの祭典だったWarped TourとDownload Festivalを徐々に侵食、新しいもの好きのキッズを片っ端から取り込み、インターネットの拡散力も借りて世界規模に名前を轟かせていく。

ちなみにこの流行は日本にもすぐ波及し、Fear, and Loathing in Las VegasCrossfaithなどが"ピコリーモ"などと呼ばれ注目を浴びるようになり、激ロックなどのメディアがインフルエンサーとなり日本のライブハウスシーンにも多量のフォロワーを生んだ。

 

メタル又はポストハードコアに電子音を合わせるというアイデア自体は既にあったけど、どれもシンフォニックかゴシック、或いはインダストリアルなものといった、硬派な志向であるものが殆どであった。そんな中でクラブシーンやレイヴカルチャー由来のダンサブルなエレクトロを導入した彼等の登場は、今まで頭振ってモッシュする為のメタルに「飛び跳ねる」「踊る」と言った要素が初めて入ってきた瞬間でもあった。そこには従来のメタルにあった悪魔崇拝やら宗教観などの小難しい世界観は一切無く「とりあえず何も考えなくて良いから暴れて踊っとけ」という分かり易さ(正直頭の悪そうな感は否めなかったが)もあって、新しいもの好きのキッズにはバカ受けした。ただその一方で、従来メタルの(ある種の取っ付き辛さから来たものだろうけど)孤高性なども一切無かった為、コアな(保守的な)メタルファンからはかなり冷ややかな目で見られていたとは思われる。分かんないこれも俺の周りが当時そうだっただけだけど。逆にメタルはDragonForceかArch Enemyくらいしか知りません程度の人にはすごくウケてた。

 

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しかし、流行るスピードが速いと飽きられるスピードも速くなる。ましてやメタルコアもクラブ・レイヴミュージックもそこまで拡張性が広い音楽ジャンルではなかった為、多くのバンドが拡大再生産のループから抜け出せずマンネリ化、キッズからも次第に飽きられていく。確かにこの手の音楽は流行り始めから泡沫ジャンルだっていう陰口はずっと言われ続けていたけど、だって正直この手のバンドって、ザクザクズンズンしたブレイクダウンにデスボイス、サビはクリーンメロディにチャラい電子音ってお決まりのパターンで結局それだけなんだもん。中にはSkrillexの影響でダブステップを取り入れて新機軸と銘打ったバンドもいたにはいたが結局そこまでで、音楽的行き詰まり或いは創造性の不一致からそのまま解散、良くて空中分解、或いは誰にも知られずにフェードアウトしていくバンドも少なくなかった(そう考えるとEskimo Callboyってすげぇな。一生あのまんまだもんな)。かつてオリジナイターとして散々持てはやされたAttack Attack!も、相次ぐメンバー脱退の後に2014年にひっそりと解散という、何とも虚しい最期を迎えている。当時出てきて現在も生き残っているバンドの多くは、最終的にチャラいエレクトロを捨てて、より硬派なモダンハードコア色を強めていくか、他ジャンルとの折衷地点を求めるなどして、シーンの変化に適応していった。

 

一方シカリはというと、同じように泡沫バンドかと誰もが言う中、そんなメタルコアシーンなどほぼ完全知らんぷりな方向へ進んでいく。元々純粋なヘヴィさでもチャラさでもアメリカ勢には負けていた(1st『Take To The Skies』もやってる事の基本は間違いなくメタルコアだけど、プロダクションの影響かアメリカ勢より軽く聴こえる)ので、ここで勝負しても勝てないと早い段階で判断したのか、バンドサウンド面では逆にインディー・ローファイ的なハードコア・パンクスタイルへ接近、エレクトロ面では分かりやすいピコピコ感を抑えてよりアンダーグラウンドなレイヴ感を強めていく。また更にラップやスポークンワード、ドラムンベースなどの新たな音楽的要素を片っ端から取り込む貪欲性を武器に、アメリカ勢には無い実験性と、インディーロック的密室感も取り入れた独自の路線へと進んでいった。

そしてイギリス・アメリカ共にエレクトロニコアムーブメントがほぼ終結した2015年に発表したアルバム『The Mindsweep』で、これまで突き詰めてきたシカリ型エレクトロニコアの完成形として帰結。どこかサークル的ノリだった密室型ポストハードコアからの脱却、SF的壮大さを持ったサウンドスケープと疾走感溢れる曲調、プログレッシブな曲構成などで、他のエレクトロニコアバンドとの格の違いを見せつけると同時に、ロックシーンでも唯一無二の個性を持ったバンドとして、不動の地位を確立する事となった(個人的にもこのアルバムはシカリの最高傑作だと思っている)。ちなみにBring Me The Horizonが名作『That's The Spirit』を出したのも2015年。更にWhile She Sleepsの『Brainwashed』、Young Gunsの『Ones And Zeroes』や、あとDon Brocoの『Automatic』もこの年かぁ。個人的に2015年ポストハードコアシーンは結構豊作だったな、今思えば。

 

だが、『The Mindsweep』で1つの到達点に辿り着いたシカリ、独自路線探究の旅はまだまだ終わらなかった。翌2016年にThe Mindsweepの方法論に、よりシンプルなポップさを加えて作られたシングル「Redshift」で手応えを掴んだ彼等は、デビュー10周年となる2017年にリリースした『The Spark』で、レイヴ色・ポストハードコア色共々一気に薄め、『The Mindsweep』でも一部取り入れていたデジタル・アンビエントシューゲイザー的空間演出をより強調、今まで以上に親しみやすいメロディと歌を全面に押し出した、非常にポップな1枚として仕上げてきたのだ。まるで「2000年代半ばくらいのColdplayを完全デジタルで再現してみました」と言わんばかりの空気感を持ったサウンドに当初は非常に驚かされた記憶がある。

アグレッレションもエグみも捨てた、新たな境地を求めて制作された『The Spark』は、従来からあまりにガラッと変わった音楽性にも関わらず評論家・ファンからも非常に好評で、今後のEnter Shikariの音楽によりタイムレスかつ、より多くの層への訴求力を抱かせるきっかけとなった。乱痴気なレイヴサウンドや激しいスクリームなどの飛び道具に頼らなくても、美しいメロディラインと自分たちなりに追求したポップさだけで十分以上に勝負出来る、そして今後10年20年経過しても劣化しない音楽を"Enter Shikari"として作る事が出来るという手応えは、バンドにより自信を与えていく。特にルー・レイノルズ(Vo.)は、それまで自分の声を1つの楽器のように捉え、変幻自在にスクリームやラップ、スポークンワードなどをメインに出していた歌唱法から、「歌を歌としてしっかり歌い上げる」スタイルへとシフトした事で、今までありそうで無かった「王道なボーカリスト」としての一面を出す事にも成功した。若気の至り全開の、いかにも頭の悪そうなガキンチョ4人衆だったEnter Shikariは、エレクトロニコアのオリジネイターとしてだけでなく、気付けばイギリスを代表するビッグネームとしてシーンに君臨する存在となったのだった。

 

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さてさて、そんな歴史を歩んできたシカリの2020年の最新作『Nothing Is True & Everything Is Possible』だが、良い意味で前2作と比べても荒削りな作品である。

『The Mindsweep』『The Spark』両方とも明確なコンセプトがあって、それを忠実に再現すべく細部までしっかり拘った作りだったが、本作は敢えてコンセプトやトータルの完成度よりも(勿論大事にはしてるんだけど)、より衝動性を重視した、言わば「今の俺達が作る『Take To The Skies』ってどんな感じなのかな?」というテーマで制作されたような質感である。『The Spark』で掴んだメロディを生かす為の空間演出的アレンジと、『The Mindsweep』以前のアグレッションやダークな雰囲気の双方を、やや歪なバランスながら上手く楽曲中に落とし込み、よりサイバティックな音像を作り上げている。

またインタールード的楽曲を多く用いる事でアルバム全体をシームレスに繋げ、同時により多彩なカラーを与えている。この辺りはThe 1975辺りからのインスパイアもあるのだろうか、なんて想像してみたり。アルバム全体を見渡すと前作での洗練された感は無いが、「この先何十年も残る"Enter Shikariの音楽"とはどのようなものか?」という彼等の飽くなき音楽的探究の旅が、ここでまた新たなフェイズに移行した事を表現するアルバムとなった。前身バンド結成から21年、現体制になって17年という実はすごくキャリアも長く、音楽性もどんどん変わっていく彼等(ファッションのセンスだけは相変わらずである)だけど、"Enter Shikari"という名前に込めた意味…「外へ飛び出し、自らの手で望む物を手に入れろ」、それは未だブレていない。

 

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3rd『A Flash Flood Of Colour』(2012)辺りから、なんとなく目つきが変わってきたなぁという印象はあったのだけれど、作品を追う毎にその目つきが鋭くなってきている感あるEnter Shikari。本作もその鋭い目つきで我々に何かを訴え続けている。

デビュー当初は頭の悪いハナタレ小僧が悪ノリ的に作った音楽がたまたまバズってしまった、みたいな感じのバンドだったけど、作品を追う毎にその音に知性を感じさせるようになっており、ある瞬間からこの世の全てを悟ったかのような顔つきで聴き手に迫るような音楽を作るようになった。不気味なんだけど妙に説得力あって、ずっと聴き入っちゃって、最終的には気付いたらカルトの一員になってしまっているかのような、そんな不思議な引力も持ち合わせるまでに至った。原色を多用した、まるでフリー素材を切り貼りしただけのような、一見するとダサい本作のジャケットも、音を聴いた後は非常に複雑なアートに見えてしまうから不思議なものである。