A Confession of a ROCK DRUMMER

KenKenという太鼓叩きの独り言。

A Ceremony

 

 

 

 

 

人はいつか死ぬ。

死だけが、人間に唯一平等に神が与えたものである。

 

 

 

 

 

 

人はいつ死ぬか分からない。

だからこそ、いつ死んでも後悔が残らぬように人生を歩み、一瞬一瞬を刻め。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…みんなこう言う。

ホントみーんな、口を揃えてこう言う。

 

 

 

でもそんな言葉なんて、いざ死に直面した人間の前じゃ所詮何の価値もない、ゴミみたいなモノでしかないのだ。

 

 

 

 

どんなに全力で生きたって、あらゆる瞬間をどんなに克明に刻んだところで、悔いのない最期なんて迎えられる筈が無いのだ。

本人だけじゃなく、周りも。

 

 

だったらこんなにたくさんの人が悲しむワケないでしょ。

どんなにアタマ使ったところで、引き算が足し算になる事は無いんだよ。

 

 

 

大切な何かが失われた瞬間生まれるのは、喪失感と悲しみと絶望、結局そういうのだけ。

 

 

 

 

 

死は美化する事は出来ないし、死を美化出来ない人生なんてもっと美化する事は出来ない。

 

 

 

 

死は悲しいもの。

それ以上でも以下でもない。

それでいいのだ。

ヘンに何かへ昇華しようとする輩たまにいるけど、死者への冒涜にしかなり兼ねない事もある。

 

悲しかったら泣けばいい。

気が済むまで全力で泣けばいい。

人間その為に「泣く」って機能があるんだから。

言葉にならない感情を、消化する為に。

 

 

 

 

死からは逆らえない。

だから諦めろ。

悲しければ泣け。

怖かったら全力で叫べ、

「死にたくない」って。

 

 

 

人間なんて所詮無力だ。何もない存在だ。

だからこそ、時に泣き叫んで、悲しんで、打ち拉がれて、ブザマな姿晒したって良いだろうよ。

無力だけど、その辺の特権は与えられてんだからさ。

 

 

 

ちなみに自分は今まさにそういう状態。

医者に酒タバコ辞めろって言われてるけど、こういう時くらいは狼狽しても良いでしょ。

ちくしょう、俺をこんな目に遭わせやがって、許さねえっすよ。

俺があっち行ったら、こっちの世界でよくやってた「たかにぃ何歳になったの〜?」と同じノリで、「たかにぃ享年何歳だったの〜?」って聞いてやりますから。えぇ。

覚悟して待ってて下さいね。

 

 

 

 

 

 

 

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(2015年11月19日、横浜BAYSISの楽屋にて。)

 

 

R.I.P.