A Confession of a ROCK DRUMMER

KenKenという太鼓叩きの独り言。

Confession Of A Pop Group

 

 

例えば進学とか、就職・転職とか、初めての一人暮らしとか、結婚とか。

 

それこそバンド始めたりとか、辞めたりとか。

 

 

 

 

 

何かを始めようとする人、何かを変えようとする人も、必ずしも心の隅々まで自信に満たされてるなんて事そうそう無いと思う。常に心のどこかに不安が存在してる筈だ。

 

ましてやバンドマンなんてみんなそうなんじゃないかな。社会的に見たらお先真っ暗だもの。仮にめっちゃ売れてたとしてもそうだと思うよ。

次のアルバムが同じように売れるか、明日のライブがこの前みたいに満員御礼かなんて分からないもの。

まぁ俺売れた事無いから分かんねーけど。苦笑

 

 

 

9月16日に引退する安室奈美恵さんだって、決めたのは自分だけど、きっと心の中は揺れ動くものがあるんじゃないかなぁなんて考えたり。

 

 

きっとみんなそうやって、心の中に少し残った不安や後悔を、何とか乗り越えたり、押し殺したり、意識の外に追い出したりして、半ば力技で無理くりにでも次の一歩に動き出していくんだろうな、って思う。

 

 

 

 

 

 

The Style Councilの『Confession Of A Pop Group』というアルバムを最近よく聴く。

 

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最近ハマっているアーティスト「The Style Council」の4枚目のスタジオアルバム。

リリースは1988年。彼等が解散前に出した最後の作品だったりする。

 

ちなみに、このブログのタイトルの元ネタにもなったアルバムである。

 

 

 

The Style Council (通称スタカン) は、1982年に元The Jamポール・ウェラーが、Jam解散後にキーボーディストのミック・タルボットと共に結成したユニット。

 

元々The Jamは1970年代後半のパンクムーヴメントの中デビューしたバンドで、当時パンクっていうとSex PistolsとかThe Clashみたいな、絵に描いた所謂「パンクファッション」的出で立ちをしてたのに対し、The Jamは60年代のThe WhoやThe Small Faces、The Kinksらを筆頭に流行した「モッズ・カルチャー」に強く影響を受けて、小綺麗なモッズスーツに身を包んで、リッケンバッカーのギターやベースを使って…みたいなスタイルでシーンに登場、「ネオ・モッズ」なんて言われてイギリスで超人気を誇っていたそうな。

しかしVo.Gtのポール・ウェラーはそれからどんどん黒人音楽にハマっていき、バンドが人気絶頂の中「The Jamじゃ俺のやりたい音楽はもう出来ん!」とあっさりバンドを解散させ、次に組んだのがこのスタカン。

 

スタカンではポール自らの音楽趣味を惜しみなくぶつけまくった、それこそ黒人音楽(ジャズ、ソウル、ファンク等)にめっちゃ影響を受けたオシャレなサウンドを展開していった。そのくせ歌詞の内容は社会と、当時のサッチャー政権への批判に満ちていたというギャップ付き(その辺はパンクなままのポールであった)。まぁThe Jamのファンは当初はめっちゃ戸惑ったそうだけど…。

 

最初こそ、カフェ文化とか、オシャレなものが流行った時代の追い風も受けてヒットを連発したそう(日本でもバブルの影響とかもあって結構売れてたんだって)だけど、後期になると色んな音楽性を模索しまくった結果方向性を見失い、ファンも段々ついて行けなくなりセールスも下降し、ポール・ウェラー自身も自信を見失った結果1989年に半ば自然消滅的な形で解散という寂しい結末を迎えてしまった。

 

 

 

 

っていう背景があるんですわ、このアルバム。

あんま尺取りたくなかったからめっちゃ簡潔に説明したけど。おまけに字も少し小さくして。

 

昔から、こういう背景に色々ある音楽に魅かれる傾向がある。

人間も一緒。

ちゃんと聴いたこと無いけど、Taylor Swiftとか改めて聴いたら意外とハマるかも、俺。

まぁあれは大体元カレの愚痴だからね…

 

 

 

 

ポール・ウェラーThe Jamのデビュー以降、音楽キャリアにおいては常に成功の道を歩んできた。18歳かそこらでデビューしてからずっと、世間は彼に味方してきた。

だがそんな状況が、今作リリースの前に変わってしまう。今まで味方だった聴衆が、初めて自分に疑いの目線を浴びせている。

音楽キャリアにおいて初めて味わう挫折感と不安感の中、彼がスタカンとして作った音楽がこれ。結果から言うとセールス的には大失敗に終わってしまった。

タイトルからして「あるポップ・グループの告白」ってなってるように、すごく内省的な音。

ピアノ中心の静か〜なクラシック風のA面、いつものスタカン節なポップなB面、っていう構成なんだけど、なんとなく目を泳がせながら歌うポールの姿が目に浮かぶ。多分聴いてる側にもそんな姿が伝わっちゃったんだろうな。

 

 

スタカンって、まぁジャムでもそうなんだけど、オシャレなサウンドだけじゃなくて、辛辣な歌詞にも現れてる、ポール・ウェラーの自信に満ち溢れた姿からくる爽快感というか、そういうのが魅力なんだよね。

1stアルバム『Cafe Bleu』や2nd『Our Favorite Shop』なんかでは、そんな自信が音に滲み出てるし。

でもこの『Confession Of A Pop Group』ではそんな爽快感は皆無。ここでのポール、すっごい自信なさげ。目泳ぎまくり。それに釣られて他のメンバーもなんか不安そう。これまでの精悍な顔つきのポール・ウェラーはここにはいない。まぁ自信に溢れてたらそもそもこんなタイトル付けないよな、と。

 

 

当時は「こんなのお前達らしくない!嫌い!」「そろそろお前何したいか本気で分からんくなってきたわ」ってな感じでリスナーからも評論家からもボロクソに叩かれてしまい、前述の通りセールスは惨敗、結果スタカンは解散、ポールも2年間ほど音楽シーンから姿を消してしまう。

まぁ俺はリアルタイムでこの音を聴いてないし、彼等の前後の歴史とかも知った上で聴いてるからそんな風には思わないけど。まぁもし、1988年当時に聴いたら同じ事を思ったのかもしれないけどね。

 

 

 

 

 

今、この音楽が自分にすごく染み入るのも、やっぱり自分の心の隅にある不安感に共鳴してるからなのかなぁ、なんて思う。

イチオー人前に立つ人間の端くれとして、こんな事言わない方が良いんだろうけど、そういう感情ってそんな無理矢理押し殺すモンでも無いんじゃない、ってこのアルバムを聴いてると思ったりもする。結果はどうあれ、彼は自分自身に素直になって音楽を作ってきただけなのだから。

 

 

 

今でこそカムバックを果たし、60歳を迎えようとしつつある現在もイギリスを代表するアーティストとして現役バリバリで活躍するポール・ウェラーだけど、彼が今この音を聴いたらどう思うんだろう。

「そんな時期もあったな(笑)」みたいな感じなのかなぁ。だとしたら、俺にもそんな風に思える日が来るのかなぁ。

 

 

 

…「来るのかなぁ」じゃねぇな、

「そんな日にする」んだ。

 

 

 

 

 

とりあえず明日のライブ、全力でやってくるかあ。

 

 

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よしっ。